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カカオのルーツ

 

今では、世界中の国々で親しまれているもっともポピュラーなお菓子『チョコレート』

でも、意外や意外、そのルーツはとても古く今から約3000年以上も昔の紀元前にまでさかのぼると言われています。

当時の古代メキシコでは、カカオ豆を『テオブローマ(神の食物)』と呼びとても貴重な存在と考えていました。

本節では、ルーツであるオルメカ文明(紀元前12世紀)に始まり、カカオがヨーロッパに伝わる以前(西暦15世紀)までをご紹介します。

 

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紀元前12世紀【カカオのルーツ】

 

『メソアメリカ』(現在のメキシコ周辺)と呼ばれた中南米の地域一体がカカオ発祥の地でありカカオの起源と言われています。

メソアメリカは、オルメカ・マヤ・トルテカ・アステカといった高度文明が栄えた場所として有名です。石像、ピラミッドの建築技術、高度な天文学などを誇りその後の文明に大きな影響をあたえました。

メソアメリカで最も古い『オルメカ文明』が栄えた紀元前1200年頃がカカオのルーツであり、人類で初めてカカオを食べたのもオルメカ人と言われています。

 

カカオを初めて食べたのは動物?!

 

人類で地球上はじめてカカオを食べたのはオルメカ人ですが、そのオルメカ人よりももっと早くカカオを食べていた動物がいたようです。一体、どの動物が初めてカカオを食べたのか?

実は、もっとも人間に近い姿をした『サル』でした。カカオの果肉が甘くて美味しいことを知っていた猿は苦いカカオ豆を吐きすて、おいしい果肉だけを食べていたようです。

その猿をマネしてカカオの実を食べ始めたのが、カカオの名付け親であり人類で初めてカカオを食べたオルメカ人でした。

そして猿やオルメカ人によって吐きすてられた豆は、やがて中南米一帯にカカオの木を実らせました。人類で初めてカカオの栽培を始めたのもオルメカ族と言われています。

これらの出来事が後のチョコレート発展のキッカケであり、カカオのルーツと言われています。

 

カカワトルのルーツ

 

当初は苦いカカオ豆は食べず、周りの果肉だけを食べていましたが、とあるハプニングによりカカオ豆に魅力を感じるようになります。

偶然、火の中に落ちてしまったカカオ豆の焼けた甘い香りに興味を抱くようになったのです。この出来事がキッカケとなり、古代人はカカオ豆をすり潰し食料として飲むようになりました。

当時は固形のチョコレートではなく、飲み物として根付いていたようです。これが、飲むチョコレート『カカワトル』(苦い水)の始まりと言われています。

 

カカワトルの作り方

 

1 乾燥・倍煎したカカオ豆をペースト状になるまで石臼ですり潰します。
2 カカオがペースト状になったら、薬草、バニラトウガラシ、とうもろこしの粉などを加えます。
3 こうして出来あがったカカオペーストを葉の上で冷やして固めます。
4 固まれば完成!あとは、飲むときに必要な分だけ水に溶かして飲んでいたようです。

 

古代のカカワトルは現在のココアのように甘くなく、現代人には受け入れがたいスパイスの効いた苦い飲み物だったようです。

 

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紀元前3世紀【カカオを愛したマヤ族】

 

メソアメリカ文明の中で、もっともカカオと深い関わりをもっていたのがマヤ族と言われています。マヤ人にとってのカカオは、栄養価の高い薬であり神聖な儀式でもちいる貴重な存在でした。

また、カカワトルの泡にこだわりを持っていたようで、カカワトルが入った容器を高い位置から別容器に注いでいる史料も残されています。

彼らマヤ人にとって、カカオは特別でありとても重要な役割をになっていたようです。

 

西暦10世紀【カカオ産地を巡る争い】

 

10世紀に入り、メソアメリカの地に『トルテカ族』という新しい種族が登場します。トルテカ族は、カカオ生産量が多い土地の支配権を巡り他国との激しい争いを繰りひろげました。

結果、ユカタン半島の他にも数多くのカカオ産地を支配下におさめます。メソアメリカの地は『トルテカの支配による平和』と言われるほど、権威をもっていたようです。

トルテカ族の支配は、その後12世紀半ばまで続きました。トルテカ族は、後のアステカ文明に高度な文明を伝え大きな影響を与えたとされています。

 

西暦14世紀【貨幣だったカカオ豆】

 

14世紀に入り、メソアメリカの地に気性の荒いアステカ族という戦闘民族が登場します。戦いを好むアステカ族は、戦争を繰り広げ領土を拡大していきます。

その後、テノチティトラン(現在のメキシコシティ)を首都とし、アステカ帝国を築きあげました。やがて、アステカ帝国は人口も急増し大都市へと成長を遂げていったのです。

このアステカの時代、カカオは王侯・貴族にしか与えられない、とても貴重なものでした。当時も、マヤ時代と同じく苦くて栄養価の高い薬として飲まれ、泡立てるといった飲み方も以前の文明と同じだったようです。

また、カカオ豆はメソアメリカ全体でお金としての役割も持っていました。

 

貨幣だったカカオ豆

 

たまご1個 カカオ豆3粒
カボチャ1個 カカオ豆4粒
うさぎ1匹 カカオ豆10粒
七面鳥1羽 カカオ豆100粒
奴隷1人 カカオ豆100粒

 

このカカオ豆の貨幣制度は、19世紀に貨幣が作られるまで続いたとされています。

以上、チョコレートの歴史【1章】『カカオのルーツ』のご紹介でした。続きの2章では、いよいよチョコレートがヨーロッパに進出!苦かったカカワトルも甘いチョコレートへと一変し、ヨーロッパ中の国々で親しまれるようになっていきます。一体、カカオはどのようにしてヨーロッパに広まったのか?最初にカカオと出会った西洋人は誰か?など、詳しくご紹介していきます。

チョコレート、ヨーロッパへ上陸!

 

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  1. 2015年 2月 26日
    トラックバック:チョコレート、日本上陸!

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チョコ介

      チョコ介

チロルチョコの聖地、福岡からチョコレート情報を発信しつづける20代男子チョコレートおたく。

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